エド・はるみ
本当に売れっ子の
エド・はるみですが、みなさん本当にエド・はるみのことを知ってるんですかぁ?
ぐぐってみました。↓ウィキペディアより。
茨城県波崎町立波崎第二中学校・千葉県市立銚子高等学校を経て、明治大学文学部文学科演劇学専攻を卒業する。
1988年に円・演劇研究所を卒業し、以降女優(主に舞台女優)として活動。小劇場で舞台女優として活動していた頃の役者仲間に出川哲朗がおり、「出川君」と呼んでいたとのこと。またその一方で、Microsoft Official Trainerを取り、コンピューターインストラクターと、マナー講師の仕事をしていた。
2004年から2005年頃、表現の方向を転換。お笑い芸人を志す。このことについて、本人は「ふつふつと湧き上がる笑いに対する情熱を抑えきれず」と話している。事務所に所属していないアマチュアとして芸人コンクールのR-1ぐらんぷり2005に出場、2回戦で敗退。その後、本格的にお笑いの勉強をするため、吉本興業の養成学校である東京NSCに、11期生最年長として入学。入学時の挨拶は、「年齢と女優としてのキャリアは忘れて一からやり直したいので、みなさん気さくに話しかけてください」。教室の常に最前列で授業を受け2006年4月に皆勤賞で卒業。同年5月17日に東京都新宿区のルミネtheよしもとで芸人デビューをした。
東京NSC卒業から3ヶ月後の2006年7月22日、日本テレビの『エンタの神様』に地上波のテレビ番組初出演。同番組では「木村陽子」(風貌が似ている日テレ所属の元アナウンサー・木村優子のパロディ)名義で3回出演したが、ここではブレイクには結びつかず、2008年2月23日放送分以降の出演では、同番組限定の芸名ではなく「エド・はるみ」で出演している。
前述のようにマナー講師をしていた事から、その言葉遣いや立ち居振る舞いは、礼儀に厳しい木村祐一をして「満点」と言わしめたエピソードがある。後に『やりすぎコージー』で木村からオススメ芸人に推薦されて出演した。
2008年2月17日CX系でOAされた『一瞬で笑えるネタ祭爆笑レッドカーペット祝1周年記念特別企画史上最高56組が大集結笑いっぱなしの3時間新ネタ新キャラ新芸人続々登場スペシャル!』で優勝。選者は石原良純。
同年2月26日日本テレビ系でOAされた『踊る!さんま御殿!!』で、お笑い芸人になってから恋愛を封印した事と、実はバツイチで結婚期間1年間と告白した。 また、同年3月9日放送の『THE・サンデー』では、「(バツイチではあるけれど)『1婚』と呼べば前向きな気持ちになれる」と発言している。
お笑いの世界に入って日が浅いために、1期先輩のオリエンタルラジオには「兄さん」と呼ぶも互いに敬語を使用し、爆笑問題やナインティナインといった年下のビッグネームの芸人にも「さん」付けで呼ばれている。一方、品川庄司(主に品川の方)等にはため口を使われ呼び捨てで呼ばれたりもしており、上下関係が複雑な存在でもある。
2007年8月19日放送の日本テレビ『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』では、自ら「成人式を2度迎えました」と発言。また、品川祐のブログに「東京オリンピックの年に生まれた後輩芸人。僕の8コ上の若手。」との記述がある。また、2008年春の『オールスター感謝祭』の赤坂5丁目ミニ駅伝に出場した際に実況アナウンサーに43歳と年齢を公開された。
2008年4月23日放送の「くりぃむナントカ ゴールデン進出スペシャル」の企画「負けるな芸人さん!お子様は神様です選手権!!」では、出演者の中で唯一子供の数が過半数を超えた(そのときのライバルは大型のボールプールで、21人の子供のうち18人がネタを見ていた)。
芸名の由来は、エド・サリバンへの憧れと、カタカナを混ぜた無国籍な印象を持たせたいという意味から名付けたという。
一方で、出川哲朗と共演した、20年近く前の料理番組の映像が、ユーチューブに投稿され、その当時のクレジットでは、「江戸はるみ」と表記されていた。
なげーのにここまで読んでくれた方ありがとう。
相当ヒマな人ですねwww
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